255、立て板。

それっぽい一日でした。
仕事。
 
何度も自分の無能さというか無力さというか、だったり失敗だったりについて考えているけれど、それを活かすでも反省するでもなく、またおんなじことの繰り返し。
仕事でもそれ以外でも、期限が迫っていたり過ぎていたりするのに、やらなきゃなーと思っているのに、しない。後悔だけして反省もしない。
結局自分の無能さに酔っているだけなのかもしれませんね。
正直なところ何をするにも手遅れだという気がします。逆にいうと手遅れだということを言い訳に何もしないだけです。
幸せになるより、幸せになりたいと思い続けるほうが、努力とかしなくていいんで楽ですしね。
あとはまあ、悲劇のヒロイン症候群というかそんな感じの。
 
カウンセラーは何を言っても肯定してくれます。
それは僕が正しいからではなく、そういう仕事だから、というのはちょっと性格の悪い考え方かもしれませんけれども、一般的に僕とおんなじような心理状況の人に対して有効だから、という意味で、仕事として肯定してくれます。
話をしている最中はもちろん仕事だとかは考えなかったですけれども、そのカウンセラーから「肯定されると居心地が悪そう」と言われました。実際そう感じていました。まあそういう人も多いんでしょうね。
考えてないつもりなだけで根底としてあったのか、それとも本心から居心地が悪く感じたのかは判別する由もないですけれども、前者ならただ相手を信用していないだけ、後者なら自分に酔っているだけ。あるいはその両方。
本当は誰かに肯定してもらいたいだけなんだと思っていましたが、肯定されてもダメ。
次は何が足りないのか、そもそも何かが足りていないのか。色々足りなくて自意識だけが過剰。
 
考え方・捉え方の問題と言われましたしネットとかでも見かけますけれど、その考え方が直せるような人はそもそもこうならないんですよ。
実際の出来事に対してどう思うかとかどう感じるかっていうのは、実際おこっているわけではなく全部頭の中の出来事です。
という理論。もちろん僕も理解しているしその通りだと思います。
でもわかっているからといって感じ方が変わるかというとまたそういうものでもないわけで。
そう思おうと思った時点でそうは思わないというのが前提になってしまいます。
意識的に考えないように、感じないようにすることは不可能。
 
内容がまとまらないのでもうどうでもいいや。
こういう難しいことを、或いはほかの誰かにとってはもしかしたら簡単なことというか考えるに値しないことというか、考えずに生きていけたらよかったのにとは思います。
不可能。
 
 
よくわからない御託を並べたからといって、仕事が進むわけでも期限が伸びるわけでもありません。忘年会のお店も自動的には決まりませんしね。
ただ自分を納得させるためだけの言い訳にしかならないし、言い訳にもなりませんでした。
 
がんばりたかった。